【オンデマンド配信】2021年度公開市民講演会「コロナ禍における薬剤師の取り組み」

2021-09-25 00:002022-03-31 23:59オンデマンド配信 ical Google outlook

会期

2021/9/25~2022/3/31 オンデマンド配信

ご案内

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を防止するため、行政レベルでの特別措置やワクチン接種の推進など様々な取り組みがなされていますが、感染者の数は一進一退を繰り返している状況です。市民の皆様が、感染することなく、そして感染させることなく生活するためには、一人ひとりがCOVID-19の感染予防法やそのワクチンについて正しく理解することが重要です。

そこで「世界薬剤師の日(9月25日)」に、コロナ禍の医療を支える病院薬剤師の先生より、医療現場における感染対策の取り組みやコロナワクチンに関する最新情報についてご紹介いただきます。

プログラム

演者

中出 順也 先生(金沢大学附属病院 薬剤部 薬剤主任)

講演内容

Part1 新型コロナウイルス感染症と向き合う薬剤師からのメッセージ

Part2 新型コロナウイルスワクチンについて

薬剤学者のつぶやき:消毒剤にまつわる「薬剤学」

はじめに:新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防では、対人距離の確保やマスクの着用に加え、手指や身の回りのモノに対する消毒が有効です。消毒薬や消毒剤について十分理解し、それらを適正に使用することができれば、感染リスクのさらなる低減が期待できます。
 消毒液としては、菌やウイルスを無毒化する効果がある薬品が利用されます。さらに、その有効性と安全性を確認しながら、安定性、配合や剤形、その用法・用量、さらには適した容器などが検討され、「消毒剤」が開発されています。
 そこで、薬剤学的観点から消毒薬の特性や科学的なエビデンスを考え、より効果的な消毒薬の利用方法について考えてみたいと思います。

推奨される消毒薬:感染予防には、手指の洗浄や消毒、身の回りのものなどを消毒することが有効です。手指の除菌には、石鹸よる洗浄とアルコール消毒、身の回りのものの消毒は、アルコール消毒液・次亜塩素酸ナトリウム水溶液・界面活性剤(洗剤)、次亜塩素酸水などが推奨されています1, 2)

1. アルコール消毒について

 両親媒性のアルコールは、SARS-CoV-2を覆う脂質の膜(エンベロープ)を破壊できるため、消毒薬として有効です(一方、エンベロープを有しないノロウイルスなどにはほとんど効果がありません)3)。そのため、手洗いできない状況での感染予防として、アルコール消毒が最も有効とされています。しかし、その効果は、アルコールの種類や濃度、その使用方法や使用量などで変動することがありますので、使用の際、ちょっとした注意が必要です。

有効なアルコールの種類

 イソプロパノールとエタノールが利用されます。一般には、エタノールが利用されますが、SARS-CoV-2に対する消毒効果はイソプロパノールの方が強いことが示されています。これは、イソプロパノールは脂溶性が高く、エンベロープに対してより強い脱脂効果が発揮するためです3)。実際、WHOが推奨する手指消毒液の処方として、エタノールだけでなく、イソプロパノールを用いた消毒液も示されています(それぞれ、80% v/v、75% v/v)4)。世界的には、製造・販売価格が低いイソプロパノールのニーズは大きそうです。しかし、イソプロパノールは親水性ウイルスにはほぼ無効(エタノールに大きく劣る)で、その強い脱脂効果は肌荒れの原因にもなります。そのため、国内では、3.7%イソプロパノール添加により酒税が免除された消毒用エタノールが汎用されています。

アルコールの有効濃度

 一般に、ウイルスや細菌に対する有効なエタノール濃度は60~85%とされています(100%では無効です)5)。手指のSARS-CoV-2対策として70~95%のエタノール消毒が推奨されていますが、その濃度が多少低くても問題ないようです(アメリカ疾病予防管理センターの推奨は60%以上)1)。最近の報告では、30%のエタノールあるいはイソプロパノールでもSARS-CoV-2の不活化が認められています6)。このことから、SARS-CoV-2はアルコールに対してとても感受性が高いと考えられます。

ハンドラブで考慮される作用時間

 一般的な手指消毒であれば、作用時間は30秒(外科的な目的:90秒)以内と想定されます7)。そのため、「消毒剤」は、30秒以内に消毒効果を発揮できるよう、1回使用量と揮発を考慮したアルコール濃度が設定されています(用法に応じた用量が定められています)3)

2. 次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸を用いた消毒について

 通常の環境消毒(テーブル、ドアノブなど)には、アルコール消毒に加えて、次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸による消毒が有効です。共に「次亜塩素酸」を名称に含みますが、その特徴や使用方法は大きく異なります。そこで、次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸の化学的な性質を考えながら、その効果的な利用法を考えてみたいと思います。

次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸、何が違う?

 主要成分が異なります。次亜塩素酸ナトリウムは、一般的に、濃度5~6%のアルカリ水溶液が家庭用塩素系漂白剤として利用されています。その溶液中に含まれる遊離塩素は主に次亜塩素酸イオン(ClO)の形で存在します。一方、次亜塩素酸水は、その名の通り、次亜塩素酸(HClO)が溶け込んだ水溶液です。HClOもClOも、共に酸化剤として働き、ウイルスに含まれるタンパク質のアミノ酸(メチオニンやシステイン)や脂質を酸化することで、ウイルスを不活化し(細菌の場合:この効果に加えて、ClOは呼吸系酵素も阻害します)、その化学的な酸化力はHClOの方が強いことが知られています8)。しかし、現在、SARS-CoV-2の消毒液としては、塩素濃度0.05%(500ppm)に希釈した次亜塩素酸ナトリウム溶液の利用が推奨されています。

なぜ、次亜塩素酸ナトリウムの利用が推奨されるの?

 安定性のためです。HClOは酸性条件下で分解し、塩素ガスを発生します(図1)。次亜塩素酸水のpHは酸性なので、時間と共に遊離塩素濃度が低下します。一方、次亜塩素酸ナトリウムはアルカリpHで安定化されているため、保存状態では塩素ガスの発生はほとんど起こらず、原液で長期保存が可能です(ただし、他の酸と混ぜると塩素ガスを発生して危険です)。したがって、溶液のpHが次亜塩素酸や次亜塩素酸ナトリウムの性質を決定していると考えられます。

安定に次亜塩素酸水を利用するために

 酸化力が強いHClOを安定に利用できれば、より効果的な消毒が可能になります。最近の研究において、pH 2.8~6.2 約50ppmの次亜塩素酸の水溶液がSARS-CoV-2に対して有効であることが示されました9)。しかし、それら各pHの溶液を開封状態で保存したとき、pH 5.0~6.2の溶液中の遊離塩素濃度は減少し(21日経過後、30ppm以上残留)、pH 2.8の溶液では1週間後に検出限界以下のレベルにまで激減しました。pH 5付近は、HClOが遊離塩素として最も安定に存在できる環境ですので(図1)、このpHで調整した次亜塩素酸水を利用すれば、保存中の分解を抑えながら、最大の消毒効果を期待できそうです。また、次亜塩素酸水は光による分解を受けるので、密閉して遮光保存するようにしましょう。

図1 各pHにおける塩素分子種の存在割合8)
 
安全な利用のために

 HClOは、毒性が低く、海外ではうがい薬や傷口の消毒などに利用されていますが、それ自体、酸化剤ですので目や皮膚に付着すれば、その部位のタンパク質を酸化しますので、取り扱いには注意が必要です。

文責:東京薬科大学 井上勝央

引用文献

  1. 厚生労働省web サイト:新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について(厚生労働省・経済産業省・消費者庁特設ページ)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
  2. Kwok CS, et al, Methods to disinfect and decontaminate SARS-CoV-2: a systematic review of in vitro studies. Ther Adv Infect Dis, 16, 2049936121998548 (2021).
  3. Singh D, et al, Alcohol-based hand sanitisers as first line of defence against SARS-CoV-2: a review of biology, chemistry and formulations. Epidemiol Infect, 148, e229 (2020).
  4. Department of Health and Human Services. Food and Drug Administration, Center for Drug Evaluation and Research (CDER), Policy for temporary compounding of certain alcohol-based hand sanitizer products during the public health emergency immediately in effect guidance for industry. U.S. (2020).
  5. Sauerbrei A, Bactericidal and virucidal activity of ethanol and povidone-iodine. Microbiologyopen, 9, e1097 (2020).
  6. Kratzel A, et al, Inactivation of severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 by WHO-recommended hand rub formulations and alcohols. Emerg Infect Dis, 26, 1592-1595 (2020).
  7. European Committee for Standardization, EN 1500. Chemical disinfectants and antiseptics. Hygienic hand rub. Test method and requirements (phase 2/step 2) (2013).
  8. Wang L, et al, Hypochlorous acid as a potential wound care agent: part I. Stabilized hypochlorous acid: a component of the inorganic armamentarium of innate immunity. J Burns Wounds, 6, e5 (2007).
  9. Takeda Y, et al, Comparison of the SARS-CoV-2-inactivating activities of the differently manufactured hypochlorous acid water products with various pH. J Water Health, 19, 448-456 (2021)

お問い合わせ先

公開市民講演会事業
井上 勝央(いのうえ かつひさ)
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
東京薬科大学 薬学部 薬物動態制御学教室
E-Mail: kinoue[at]toyaku.ac.jp

[at]を@に置き換えてください。